東京大学大学院総合文化研究科
広域科学専攻
生命環境科学系 広域システム科学系 相関基礎科学系

顔のかたちと印象

広域システム科学系 山口 泰

はじめに

ディジタル画像は近年急速に日常化してきました.10年以上前であればカメラと言えばフィルムカメラが一般的でしたが,もはやフィルムカメラは専門家だけが使うものと言って良いかも知れません.フィルムから焼いた写真とディジタル画像との大きな差は,画像処理による応用にあると言えるでしょう.たとえば,画像をPCに取り込んでしまえば,レタッチソフトウェアないしペイントソフトウェアと呼ばれるアプリケーションを利用して,簡単に画像の修正や合成ができます.

特に,この数年では顔検出機能を備えたディジタルカメラが一般的になり,自動的に顔付近の明るさを調整したり,笑顔に合わせて撮影したりできるようになっています.このように顔に関する画像処理技術は,ディジタルカメラなどのハードウェアと同じか,それ以上に発展しています.たとえば,「平均顔は魅力的である」という話を聞いたことがあるかも知れません.これもディジタル画像処理によって確かめられた事実なのです.私たちは,顔のかたちが人に与える印象について研究しています.

人は他人の顔を見るだけで,性別を判断したり,年齢を推定したり,好悪を感じたりします.特に,魅力的な美しい顔は,長年に渡って人の興味を惹いてきました.目が大きいとか,顔の輪郭が卵形であるとか,左右対象であるとか,様々な要素が挙げられています.なかでも良く言われているのは,若い顔が好まれるということです.最近ではアンチエイジングという言い方が流行っていますが,若返りは人間にとって古くからのテーマと言ってよいでしょう.

もしも「魅力的な顔=若い顔」だとすると,中年以上の人々にとって,もう顔の魅力は下がり続けるだけということになり絶望的です.しかし,中年ないし熟年の魅力とか,年を重ねた美しさとかの表現もあります.年齢相応な魅力というのは,本当にあるのでしょうか?この問題に応えるためには,顔から年齢を推定することや顔から受ける印象を解析しなくてはなりません.すなわち,人のように顔のかたちによって見た目の年齢を推定したり,印象を操作する画像処理技術を開発しようと考えました.

データの収集

顔のかたちから,人のように印象を判断する画像処理技術は,どのように構成できるでしょうか?そのためには,まず人が顔を見て受け取る印象のデータと,顔のかたちデータとを結びつける必要があります.私たちは40数名の人達に,男女200枚ずつの画像を見て,年齢(若年/中年/老年)を推定したうえで,印象を5段階で評価してもらいました.なお注意して欲しいことは,ここでの年齢があくまでも見た目の年齢であって実年齢ではないということです.それぞれの顔のかたちが,人にとって若く見えるのか,それとも老いて見えるのかが最大の関心事だからです.一方,顔のかたちについては,図1のように顔の中に82個の特徴点をとり,特徴点を結ぶ227本の辺の長さを計測しました.これらの辺の長さを要素とする227次元のベクトルを顔の特徴ベクトルと呼ぶことにします.

図1 顔の特徴点

機械学習による見た目年齢の推定

機械学習とは計算機のアルゴリズムの一種です.私たちはサポートベクタマシン(SVM: Support Vector Machine)と呼ばれる教師付学習アルゴリズムを用いることで,人のように顔のかたちから見た目の年齢を推定するプログラムを開発しました.SVMとは与えられた正例と負例とを可能な限り大きく分離するアルゴリズムです.図2は2次元ベクトルデータの場合について模式的に描いたものですが,学習段階では与えられた正例データ○と負例データ×との間のマージン,すなわちPmin, Nmaxの距離が最大となるような判別ベクトルWを求めます.判定段階では,新たに与えられたデータが求められた判別ベクトルWに関して,どのような位置にあるかを計算します.正例データ寄りであれば正,負例データ寄りであれば負と判定するわけです.

図2 サポートベクタマシンの原理

SVMを見た目の年齢推定に利用するためには,典型的な若年顔の特徴ベクトルを正例とし,典型的な中年顔の特徴ベクトルを負例とすると,若年顔と中年顔とを分離するベクトルとして判別ベクトルWymが得られます.同様にして典型的な中年顔と老年顔を与えることによって,中年顔と老年顔を分離する判別ベクトルWmoが得られます.この2つの判別ベクトルを用いることで,若年/中年/老年の判別が可能になります.若年寄りか中年寄りか,中年寄りか老年寄りかを判定し,2つの結果を総合して見た目の年齢を推定するわけです.

1つ困ったのは,女性の顔について若年顔と中年顔を分離する判別ベクトルWymを計算したところ,非常に若い顔のみを分離するようになってしまったことです.この結果,20歳代後半に見える顔までも若年ではなく中年と判定されてしまうことになりました.これでは20代の女性から敵視されることは明らかでしたので,若年と中年の間で若中年と呼ばれるような年代を仮定して,若若年/若中年/中年/老年に分離することにしました.

年代ごとの顔の魅力

次に私たちが試みたのは,各年代ごとの魅力的な顔とそうでない顔の解析でした.一般に平均顔が魅力的と言われていることから,魅力的な顔というのは特定の範囲に集中していて,そこから大きく外れた顔が非魅力的な顔と言えるのではないかと考えたわけです.そこで年代ごとに特に魅力的とされる顔を選んで,それらの平均を取った「中心魅力顔」を作ることにしました.図3に男性と女性の年代ごとの中心魅力顔を示します.どうでしょうか?

図3 性別・年代ごとの中心魅力顔

この中心魅力顔の特徴ベクトルを原点にとり,魅力的とされる顔と非魅力的とされる顔の分布を調べてみたところ,以下のような傾向がわかりました.

・非魅力とされる顔は,魅力的な顔に比べて,より広い範囲に不均等に分布している.

・老年の顔は,若年の顔に比べて,より広い範囲に分布している.特に左右のバランスが崩れる傾向が強い.

・同じ年代の中でも,魅力的な顔はより若い年代の特徴を持っている.

最初のポイントは,私たちの仮定を支持するものと言って良いでしょう.つまり,魅力的な顔というのは,一定の範囲の特徴を有する顔の集合であり,非魅力的な顔は,そこから大きく外れているということです.また最後のポイントは,やはり若い顔が好まれる傾向にあることを示していて,個人的には残念な限りですが,そのような傾向は否定できないようです.

おわりに

見た目の年齢推定方法と魅力顔に関する解析結果から,見た目の年齢を保ったまま,顔を魅力的に変化させることが可能となりました.まず,与えられた顔画像から見た目の年齢を推定します.次に,その年代の中心魅力顔に対して,与えられた顔を近づければ良いのです.図4は魅力を上げた結果の画像です.中央が原画像であり,左が見た目年齢を保存して魅力を向上させた結果,右は年齢を考慮せずに魅力を上げたものです.右の画像では顔が不自然に若くなってしまっているのがわかります.

今後は見る側の好みについても調べてみたいと思っています.たとえば,男性と女性では,魅力的と感じる女性に違いはあるでしょうか?また見る人の年齢によって,顔の好みは変わってくるでしょうか?普段の生活に好みは影響されるでしょうか?もしかすると,好みの顔を予想することもできるかも知れません.最後に,この研究で利用した顔画像は,財団法人ソフトピアジャパンから使用承諾を受けたものであり,権利者で無断で複写,利用,配布等を行なうことは禁じられていますので,ご注意ください.

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