東京大学大学院総合文化研究科
広域科学専攻
生命環境科学系 広域システム科学系 相関基礎科学系

扁桃体におけるオッシレーションと認知・情動機能

生命環境科学系 村越隆之

扁桃体は側頭葉の内側に位置する大脳辺縁系の重要な構成要素であり,その名の通り扁桃(=アーモンド)の形状をしている.辺縁系は嗅覚に関連して哺乳動物脳で共通に発達した一群の神経核のつながりであって,視覚野や体性感覚野などの新皮質とは層構造が異なる古皮質(paleocortex,扁桃体など),原皮質(archicortex,海馬,中隔など),中間皮質(mesocortex,帯状回など),さらにそれらと緊密な線維連絡をもつ,前頭葉眼窩回,視床前核,側坐核,視床下部,などが主だった要素である.その中でも扁桃体は情動行動の制御に中心的役割を担うと考えられている.それは究極的には個体の生存,種の維持に有利か否かの基準によって外界の状況を価値判断し行動を決定することに表現され,具体的には自律神経機能,覚醒-睡眠,注意,運動制御の調節に決定的影響力を持つと考えられる(図1).

図1 Carpenter & Sutin, "Human Neuroanatomy"1983より改変

この脳部位が情動機能に深い関わりがあることを示した例に,有名な「Kruber-Bucy 症候群」(1937)がある.扁桃体に障害を与えたられたサルで,怒り,恐れ,快・不快感などの基本的情動反応が欠如することが報告されたのである.この動物は本来“生得的”とも言われるほどの恐怖・嫌悪を示す蛇や蜘蛛を見せてもなんら恐れる反応を示さない,何でも口にもってゆく(口唇傾向),性行動の変化などが観察された.人の健常被験者でも不快(残酷)な情景,極度に性的な映像など心理的に負荷をもたらす刺激で扁桃体の血流量が増加する(すなわちこの部位での神経活動が増している)との報告が集まっている.

さらに高次脳機能として記憶・学習等,認知機能がこれら情動状態と深い関係にあってその成立・定着が扁桃体活動により影響されることが見いだされつつある.近年,遺伝子操作技術の発展により神経生物学研究に頻用されるマウス・ラットなど小型哺乳動物では,行動観察から情動状態を知ろうとする方法論が発達した.その一つの実験として「恐怖条件付け学習」というものがある.ネズミにすくみ現象などの恐怖反応をひき起す電気ショック(無条件刺激)と同時に音や光などの中立な刺激(条件刺激)を組み合わせて与えると,条件刺激単独でも恐怖反応を起こすように「恐怖記憶」「情動学習」が成立する,というもので,これには扁桃体が必須であることがわかっている.

私はこの扁桃体が神経回路のレベルでどのようにして種々の神経情報を処理しているか,特にセロトニンやノルアドレナリン,神経ペプチドなどの神経伝達物質がどのようにその処理過程を修飾・調節するのかを解明するため,脳スライスからの電気生理学的解析を行ってきた.ラットの扁桃体を含む脳組織を400 μmの厚さにスライスし,人工脳脊髄液で潅流することでin vitro状態で生かした状態に維持することができる.このスライスを顕微鏡下で観察,個々の神経細胞(ニューロン)を可視化し,ホールセルパッチクランプ法という方法でその電気的活動をモニターするものである.本紙面で紹介するのは一昨年の赴任前に日本医科大学薬理学講座鈴木秀典教授との共同研究の成果である.

図2

図2では記録したニューロンに蛍光色素を注入してその樹状突起の展開などから形態上の特徴と扁桃体の中での位置を明らかにしたものである.扁桃体は外側核(LA),基底外側核(BLA),中心核など複数の亜核からなる複合神経核であるが,LA, BLA は大脳皮質や視床から感覚入力を伝える信号を受け入れている.その入力経路となっている線維束を電気刺激すると,記録ニューロンからシナプス後電流(入力線維の神経末端から放出される神経伝達物質が記録しているニューロンに起こす反応)が興奮性のものと抑制性のものとが時間的にずれながら観察される.ここで,刺激強度を増して,非常に高頻度(200 Hz)で数回,それをひとまとまりのブロックとして5 Hzのバースト状に繰り返し与えてみた.というのは扁桃体と強い神経結合関係を持つ海馬は,空間情報の学習や陳述記憶に重要と考えられているが,この海馬で動物の探索行動に際して5 Hz付近の脳波(θ波)が発することがわかっており,記憶のシナプスメカニズムとされるLTP(長期増強現象)を実験的に海馬シナプスで起こすのにしばしばこのθ波の周波数が利用されるのである.すると驚いたことに,このシータバースト刺激のあと,扁桃体外側核および基底外側核ニューロンでは0.5〜2 Hz(すなわち0.5〜2秒に1回)の頻度で非常に大きなシナプス活動が自発的に発生し,記録中,止むことなく(2〜3時間以上)持続したのである(図3).

図3

この現象は複数のニューロンで同時に観察され(図4),また興奮性と抑制性のシナプス伝達,さらにギャップ結合などの細胞間のコミュニケーションを利用したものであることがわかりつつある(#1).すなわち扁桃体局所神経回路内の多数のニューロンが同期してリズム(オッシレーション)を発生していること,がその本態であると考えられる.

図4

そもそも生物にとり心拍,呼吸,歩行,咀嚼,などのリズミックな活動は生きること,運動することの基本であり,そのほとんどは中枢神経系のリズムジェネレーターが歩調取りをして維持されている.脳内の様々な部位で覚醒度や注意に応じた特徴的なリズムのニューロン集団活動が発生すると,それぞれの状態に応じた特徴的な脳波として観察される.さらに多数のニューロンのあいだの一致した(同期した)活動は,感覚認知における結合問題(「対象物を一個の全体像として捉える」メカニズムは何か)を解く際の鍵であるとの考えがある.

扁桃体でのリズム現象はどのような生物学的意味があるのだろうか? 部位の特性を考えると当然情動機能との関連が期待される.0.5〜2 Hzという比較的遅い周波数から考えるとてんかんのような病的な状態に関係しているのかもしれない.最近,丸ごと動物の扁桃体で似た周波数域でのリズム活動を観察している研究グループがあり,海馬を介する記憶の定着を行う上で,このリズム現象が重要であるとの見解を述べている.

私自身は今後も,神経回路内で複数のニューロンがどのように振動を発生し,それが全体として同期し,安定化するか,そのシナプス伝達修飾・ネットワーク発振のメカニズムを解明するとともに,動物個体の認知,情動状態との関連性を調べてゆきたいと考えている.ストレス負荷がもたらす情動状態の変化により,リズムの周波数,外乱に対する安定性,神経伝達物質やその修飾物質,抗不安薬の作用,等が変化するのではないかと考えられる.またその研究上の重要な武器として動物の運動量(自発的,強制的)が重要な役割を果たすのではないかということがある.ヒトにおいても,自律神経機能の安定性,注意・意欲などが日内リズムに基づいた身体活動の影響下にあると考えられており,今後それらの調節に関わる伝達物質として,ドーパミン,セロトニンなどのアミンやタキキニン等のニューロペプチド,性ホルモンやグルココルチコイド等のニューロステロイドの機能に注目してゆきたいと考えている.

#1: Murakoshi, T. et al, Proc. Soc. Neurosci., 2003

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